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前立腺癌

本邦における前立腺癌の罹患数は増加を続けています。国立がん研究センターによる2019年のがん統計予測によれば、罹患数は78,500人と男性における癌罹患数で大腸癌、胃癌、肺癌についで4位、男女合わせた罹患数予測でも第5位となっており、近年前立腺癌の罹患数は予想を上回る勢いで増えています。過去200年間、伸び続けた人の平均寿命は、現在人生100年時代に突入していると言われています。前立腺癌は典型的な高齢者の癌であり,本邦の急速な高齢化は前立腺癌罹患数の増加の一因となっていると考えられています。

 

 

前立腺とは

前立腺とは、膀胱の前に立っていると言う意味で、前に立つ、前立腺、英語では ProーStateといいます。前立腺は尿道の一部でもあり、中には射精管が貫いています。前立腺では前立腺液が作られますが、この前立腺液は、精液の一部となり、精子を保護したり、その運動機能を助けたりと精子が受精するのを助ける働きをしています。

前立腺にできる腫瘍性病変には前立腺癌の他に前立腺肥大症があります。前立腺肥大症は移行域、いわゆる尿道がその中を通っている内腺と言われる部分に発生するため、早期に尿線細小、排尿困難などの自覚症状があることが多くなります。一方、前立腺癌は辺縁域いわゆる外線から発生するため、初期には排尿症状を訴える事は多くありません。

 

 

前立腺癌の診断

前立腺癌の早期発見には、検診や人間ドックでの採血での前立腺特異抗原PSA値の測定が重要です。PSAとはprostate specific antigenの略で前立腺特異抗原のことを示しております。このPSAそのものは、前立腺の腺細胞で産生され精液中に分泌される蛋白分解酵素・セリンプロテアーゼで、精液の粘度を下げる働きがあります。PSAは組織特異性はありますが癌特異的マーカーではなく、前立腺炎、前立腺肥大症や機械的刺激でも血清PSA値は上昇することに注意が必要です。本邦ではPSAカットオフ値上限は通常は4.0ng/mLに設定されてきましたが、前立腺癌の自然史を考慮した場合,70歳未満の年齢層におけるカットオフ値上限を引き下げる年齢階層別カットオフ値も推奨されております。どちらのカットオフ値を採用するか、検診を行う自治体によって異なる場合があります。

PSA検査でカットオフ値を上回り、前立腺がんが疑われた場合は、確定診断として、前立腺生検が行われます。前立腺から直接組織を採取し、顕微鏡で観察して、病理学的にがんがあるか、またあった場合には、その悪性度を確認します。

PSA値のカットオフ値を4とした場合、4~10ng/mlの方の中の、約25%に前立腺癌が見つかります。逆に75%は前立腺肥大症や前立腺炎など、良性疾患になります。PSA値が高ければ高いほど前立腺癌が見つかる確率が高くなり、PSA値が10~20だと50%、20以上では90%の確率で前立腺癌が発見されます。

 

日本泌尿器科学会「こんな症状があったら・PSAが高いと言われた」

 

このPSAは前立腺癌のスクリーニングに有用ですが、その一方、前立腺肥大症でも高値を示す事もあり、不必要な生検や過剰診断の問題が残っており、より精度の高いマーカーが求められていました。近年、PSA値、PSAにアミノ酸が着いたp2PSA、fPSAの測定からphiと言う指標が有用である事が報告されました。今後、PSAの値がグレーゾーンの値の方に対してphiを指標とすることで精度が高まって行くことが期待されています。

 

World J Urol. 2013 Apr;31(2):305-11.

 

前立腺癌の治療方針

前立腺癌の治療では病期診断がその後の治療法選択や予後予測に大きな影響を与えるため,できるだけ正確な病期診断を行うことが必要です。

癌の局在、前立腺被膜外・精嚢浸潤の有無の判定においては,現在では直腸診とMRIが用いられ、内蔵転移、リンパ節転移の有無の決定にはCTやMRIが画像検査として用いられます。骨転移の有無は骨シンチグラフィーで診断します。これらの診断の結果から、病期分類により、限局性癌、局所進行癌、転移性癌と分類され、それに応じて治療戦略を選択することになります。

 

前立腺癌の治療

 

前立腺癌の治療は以下のようなアルゴリズムに則り進められます。

転移の無い限局性の前立腺癌であれば、手術療法を中心に放射線療法なども選択肢となります。

限局性前立腺がんに対する手術療法は前立腺全摘除術になります。原則として期待余命が10年以上の限局性がんが対象となります。ロボット支援前立腺全摘除術、腹腔鏡下前立腺全摘除術は、従来の下腹部を切開して手術する恥骨後式前立腺全摘除術と比較して、低侵襲で良好な制癌効果が得られ、術中出血量の減少、術後尿失禁の早期回復など利点が多い手技です。術後EDとなることがほとんどなので比較的若い方へは十分理解していただく事が重要です。

放射線療法IMRTは通常分割照射で72Gy/36fr.~80 Gy/40fr.の線量が推奨されています。陽子線療法や重粒子線治療の優位性は現時点では明らかではありません。

転移のある前立腺癌であれば、まずはホルモン療法が選択されます。LH-RH製剤と抗アンドロゲン剤の併用は複合アンドロゲン遮断(combined androgen blockade;CAB)療法として広く用いられています。

ホルモン療法では前立腺以外の臓器におけるアンドロゲンの正常な生理作用を妨げることによって起こる様々な有害事象が認められます。

テストステロンの減少による勃起不全はホルモン療法を受ける患者の90%以上に発症します。また、のぼせ,ほてり,発汗等の症状はホットフラッシュと呼ばれ,ホルモン療法施行症例の多くににみられるQOLの低下を招く有害事象です。また、20%に女性化乳房と乳房痛も見られます。重要な有害事象としては骨塩量の低下があげられ、 12カ月間のホルモン療法によって骨密度は2〜5%減少し,骨折のリスクが1.5〜1.8倍増加することが報告されており、ビスホスホネート製剤や抗RANKL抗体の使用が推奨されます。さらにLH-RHアゴニストの投与により体重、皮下脂肪の増加が指摘されています。

 

 

去勢抵抗性前立腺癌

去勢抵抗性前立腺癌とは、ホルモン療法が効かなくなった状態の前立腺癌ですが、
血清テストステロン値が< 50 ng/dL または 1.7 nmol/Lであり、かつ

1週間以上の測定間隔で3回連続でのPSA値上昇で、その結果、PSA最低値に対しての50%以上の上昇が2回みられた場合で、かつPSA>2ng/ml もしくは画像上新病変の出現:骨シンチで2つ以上の骨病変か、新規軟部組織病変の出現

これらの存在によって定義されています。

去勢抵抗性前立腺癌に対しては、ドセタキセル、カバジタキセルのような抗癌剤、新規のアンドロゲン受容体軸標的薬やステロイドなどを用いて治療します。

いずれの薬剤も、長く使用していると癌が抵抗性を示す事があります。これらの薬剤をうまく使い分け、前立腺癌の活性を抑制する様に工夫するのが泌尿器科医の仕事になります。

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