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新時代のインフルエンザワクチン「mRNA型」がFDA承認

[2026.08.23]

■ はじめに

2026年8月5日、米国FDA(食品医薬品局)は世界初となるmRNA技術を用いた季節性インフルエンザワクチン「mFlusiva(成分名:mRNA-1010、モデルナ社)」を承認しました。JAMA誌のMedical News(Rita Rubin記者、2026年8月14日オンライン公開)では、この承認までの経緯と専門家たちの受け止めが詳しく報じられています。新型コロナウイルスワクチンで実用化されたmRNA技術が、季節性インフルエンザ領域にも広がってきたことになります。

 

■ mRNAインフルエンザワクチンと従来のインフルエンザワクチンとの違い

従来のインフルエンザワクチンの多くは、鶏卵や培養細胞でウイルス(またはその成分)を増やして作られています。この過程でウイルスのタンパク質構造がわずかに変化し、実際に流行する株とワクチン株との「ミスマッチ」が生じることが、有効性を下げる一因とされてきました。

北半球向けのワクチン株は、南半球での流行状況をもとに例年2〜3月頃という早い段階で決定せざるを得ませんが、インフルエンザウイルスは常に変異しているため、秋の接種開始時には既に新たな株が流行し始めていることも珍しくありません。米国公衆衛生協会のGeorges Benjamin医師は、mRNAワクチンによって「製造工程がおよそ6か月かかっていたものが、およそ6週間で済むようになる」と述べ、この技術を「ゲームチェンジャー」と表現しています。2009年のH1N1パンデミックの際には、ワクチン供給の遅れが対応を妨げた教訓もあり、mRNA技術によるスピードは公衆衛生上大きな意味を持ちます。

これは新型コロナウイルスワクチンで我々はすでに体験済みです。

 

◎ FDA承認の内容とその舞台裏(JAMA記事より)

・対象年齢:50歳以上の成人
・50〜64歳:本承認(Traditional Approval)
・65歳以上:迅速承認(Accelerated Approval)― 市販後の追加試験で有効性を確認することが承認継続の条件

2026年2月、FDAは一度「申請不受理(refusal to file)」の通知をモデルナに送っています。理由は、米国では65歳以上に対して高用量ワクチンが標準治療とされているにもかかわらず、今回の第Ⅲ相試験の対照群には標準用量ワクチンしか含まれていなかったという点でした。しかしその1週間後、FDAは方針を撤回し審査を再開。最終的に2026年6月、FDAの諮問委員会(VRBPAC)は50〜64歳への承認と65歳以上への迅速承認を全会一致で推奨し、8月5日の承認に至りました。

なお、米国では現在、ワクチン接種方針を審議するACIP(予防接種諮問委員会)が委員刷新や訴訟の影響で本年まだ会合を開けておらず、mRNA-1010に関する公式な連邦レベルの接種推奨は今のところ示されていません。こうした規制環境の変化は、日本の医療者が海外の薬事動向を追う上でも一つの参考情報といえるでしょう。

 

■ NEJM掲載の第Ⅲ相試験データ(Fluent試験)

今回の承認の根拠となったのは、NEJMに掲載された第Ⅲ相試験「Fluent試験」(Leroux-Roels I, et al. N Engl J Med. 2026;394:1803-1813. doi:10.1056/NEJMoa2516491)です。50歳以上の成人を対象に、3価mRNA-1010(37.5μg、各株12.5μgのHA-mRNAを含む)と既承認の標準用量ワクチンを比較する、二重盲検・実薬対照の第Ⅲ相試験として実施されました。

▼主要な数値データ

・対象:世界11か国、50歳以上の成人40,703例(mRNA-1010群20,350例、標準用量群20,353例)
・追跡期間:中央値181日(範囲1〜227日)
・主要評価項目:接種14日以降のRT-PCR確定インフルエンザ様疾患(ILI、インフルエンザA型またはB型による)
・統計解析:階層的仮説検定により、非劣性(95%信頼区間下限値 >−10%)→優越性(>0%)→高次優越性(>9.1%)の順に検証

【有効性】
mRNA-1010群では411/20,179例(2.0%)、標準用量群では557/20,124例(2.8%)にILIが発症し、相対ワクチン有効率(rVE)は26.6%(95%信頼区間:16.7〜35.4)でした。この結果は非劣性・優越性・高次優越性のすべての基準を満たしています。65歳以上のサブグループ(19,000例超)でも全年齢と同等のrVEが得られており、著者らは高用量ワクチンなど既存の増強型ワクチンに匹敵する効果が期待できると考察しています。

 

【安全性】
自発報告された副反応は、mRNA-1010群で標準用量群より高頻度でした。
・注射部位疼痛:65.8% vs 29.8%
・倦怠感:45.1% vs 20.3%
・頭痛:37.8% vs 18.0%
・筋肉痛:35.4% vs 11.6%

多くは軽度〜中等度で一過性でした。重篤な有害事象は、mRNA-1010群2.2%(うち治験担当医がワクチン関連と判断したものが3件)、標準用量群1.9%(同2件)と、両群でほぼ同程度でした。

65歳以上への迅速承認は、臨床的有効性そのものではなく「免疫原性(中和抗体価の上昇など)」という代替エンドポイントに基づくものです。今後、65歳以上の成人約40万人を対象に、2シーズンにわたり毎週mRNA-1010とCDC推奨ワクチンを交互に接種する大規模な市販後(第Ⅳ相)確認試験が実施される予定です。

 

■ 広がるmRNAワクチンファミリー

mRNA-1010は、COVID-19ワクチン以外で承認された最初のmRNAワクチンではありません。モデルナのRSV(呼吸器合胞体ウイルス)ワクチン「mRESVIA」は2024年に60歳以上を対象に承認され、2025年には18〜59歳の高リスク者にも適用が拡大されています。また2026年4月には、欧州委員会が世界初のインフルエンザ・COVID-19混合mRNAワクチン「mCOMBRIAX」を承認しました。米国での混合ワクチン申請は一度取り下げられていますが、mFlusivaの承認を受けて再申請に向けた動きが進んでいます。

 

■ 日本の臨床現場への示唆

現時点でmFlusivaは日本未承認ですが、mRNAプラットフォームによる迅速な株更新など、季節性インフルエンザワクチン開発における今後の方向性を占う重要な一歩といえます。特に注射部位疼痛や倦怠感といった副反応が標準ワクチンより高頻度である点は、将来的に国内導入が検討される際、接種前の説明や経過観察指導のポイントとして押さえておきたいところです。今後は副反応と効果を考慮しながら、高容量インフルエンザワクチンとmRNAワクチンの選択となる可能性もあるでしょう。

 

【今後への期待:mRNA技術は「がんの個別化医療」へ】

mRNA技術の可能性は感染症予防のみではない、期待が持てる技術です。2026年8月19日、モデルナと製薬大手メルクは、mRNA技術を用いた個別化がんワクチン「インティスメラン・オートジーン(mRNA-4157)」と免疫チェックポイント阻害薬「キイトルーダ®」の併用療法に関する第Ⅲ相試験(INTerpath-001)で良好な結果が得られたと発表しました。この試験は完全切除後のステージIIB〜IVの悪性黒色腫(メラノーマ)患者を対象に、無再発生存期間(RFS)と無遠隔転移生存期間(DMFS)を評価項目としており、両方の主要評価項目を達成しています。

このワクチンは、患者一人ひとりの腫瘍組織を解析し、その人固有の遺伝子変異(ネオアンチゲン)に基づいて設計される、まさに「オーダーメイド」のがん治療です。mRNAを用いたがん治療で後期臨床試験において良好な結果が示されたのは今回が初めてとされ、感染症予防で培われたmRNA技術ががん治療という新たな領域へと応用されつつあることを示す象徴的な成果といえます。

このように、mRNAというプラットフォーム技術は、インフルエンザのような身近な感染症予防から、がんの個別化医療という次世代医療の中核まで、応用範囲を大きく広げつつあります。まだ実用化には製造期間の短縮や日本国内での承認など課題も残りますが、今後数年で私たちの医療現場に大きな変化をもたらす可能性を秘めた、注目すべき技術といえるでしょう。

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