インフルエンザウイルス感染症
インフルエンザウイルス感染症
冬になると流行が見られるインフルエンザウイルス感染症は、通常の感冒とは異なります。
通常の感冒も原因は、大多数がウイルスです。通常の感冒には、鼻がつまる、鼻が痛いなどの鼻の症状、のどの痛み、そして咳や痰などの下気道の症状が存在します。一般的に咽頭痛や鼻の症状で発症、発症後2~3日で症状がピークとなり、咳や痰が見られるようになり、その後徐々に改善。おおよそ7~10日で治癒します。
感冒とインフルエンザの違いですが、実際にインフルエンザに感染した人の症状を調べた米国の研究において、全ての人は咳をしており、発熱していたのは半数であったとのことでした。感冒と比較して、インフルエンザの場合、咳は感染初日から見られる事が多く、一番の違いは、インフルエンザ感染症の場合、倦怠感や関節痛などの全身症状が強い事です。
インフルエンザ感染症は、いわゆるウイルスによる感染症です。そこでインフルエンザウイルスの感染様式について理解しておくことも、病態や予防法、治療法を理解する上で重要です。
ウイルスとは
ウイルスというのは通常の細菌と異なっており、基本的には核酸(DNAもしくはRNA)と、蛋白(+脂質)からなる“物質”のようなものです。ウイルスはそれ、単独では生物として生存することが出来ません。細菌は、ウイルスと異なり、水分や栄養素があれば、それを取り込み自分の体の中で蛋白合成やDNA複製を行い、代謝し、分裂にて増殖が可能です。しかしウイルスは自分単体では、蛋白合成や核酸の複製が出来ません。どうやって増えるかといったら、それは感受性のある生物に感染し、その生物の細胞の中に入り込むことによって、増殖が初めて可能になります。ウイルスにとっては、生物に感染することがウイルスの増殖に必須であると言えます。
ウイルスの増殖方法
一般的なウイルスの増殖の方法ですが、先に述べたように、感受性のある生物に感染することが必須です。感受性のある、と言う事は簡単に言いますと、ウイルスにはその腫類によって、感染しやすい細胞があると言う事になります。たとえば、下痢を起こすノロウイルスは消化器系細胞に感染しますし、インフルエンザウイルスは呼吸器系細胞に感染します。神経系細胞に感染するウイルスもあれば、肝臓に感染するウイルスや、免疫細胞に感染するウイルスも有ります。ウイルスが細胞に感染するとき、まずはウイルスが感受性のある細胞に「吸着」するところから始まります。これは単に、何かのウイルスが、何でも触れた細胞に吸着するわけではありません。先に述べたようにウイルスが感染しやすい細胞に感染します。このとき、ウイルス表面からでている突起を用いる事が多く、その突起を感染する細胞が表面に出している何らかの蛋白質などを、ウイルスの受容体としてもちいて「吸着」します。ウイルスが細胞に吸着したら、そのウイルスは様々な方法でそのまま細胞内に「侵入」します。ウイルスが細胞内に「侵入」した後、ウイルスは細胞内でばらばらとなります。「脱殻」といい、ウイルスの核酸(DNAもしくはRNA)が細胞内に放出されます。そして、細胞内もしくはウイルスの酵素を用いて、核酸の複製、メッセンジャーRNAの合成、ウイルス蛋白の合成を行います。このウイルス核酸および蛋白は最終的にウイルス粒子に再合成され、最終的に細胞の外に大量のウイルスが「放出」されるようになります。一部のウイルスは、感染細胞の細胞膜(脂質膜)をエンベロープとしてかぶって放出されます。
インフルエンザウイルス
インフルエンザウイルスはRNAウイルスです。毎年流行するA型・B型インフルエンザウイルスはRNAが8本に分節しているのが特徴です。インフルエンザウイルスは脂質膜であるエンベロープをかぶっており、エンベロープの上にヘマグルチニンHAおよびノイラミニダーゼNAと呼ばれる蛋白を発現しています。
インフルエンザウイルスが人に感染するときは、気道の上皮細胞に感染します。インフルエンザウイルスのもつヘマグルチニンHAは人の気道上皮細胞に発現しているシアル酸に親和性が有り、結合しやすくなっています。なので、インフルエンザウイルスは自分が持っているこのヘマグルチニンHAを利用して、喉の細胞に「吸着」するわけです。
前項で述べましたようにウイルスが細胞に吸着した後はウイルスは細胞内に取り込まれます。
そして、ウイルスはばらばらになり、部品が細胞内に存在するようになります。この部品には、インフルエンザウイルスの場合8本のRNAがあります。そしてこの8本のインフルエンザRNAにはそれぞれヘマグルチニンHAおよびノイラミニダーゼNAをはじめとしたインフルエンザウイルスの構成成分の遺伝子をコードしています。そしてこれらのRNAからウイルスメッセンジャーRNAが合成されます。メッセンジャーRNAの遺伝情報を元にウイルス蛋白が小胞体で合成され、細胞膜状に発現します。
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そして、複製されたウイルスRNA8本も集合し、ウイルス粒子が再構成されます。
完成されたウイルス粒子は、細胞外に放出されますが、そのときに使用されるウイルス蛋白がノイラミニダーゼNAです。ノイラミニダーゼNAの働きによって、ウイルス粒子と細胞が離れ、ウイルスは細胞内から細胞外へ放出されます。このウイルスの放出はひとつの細胞からウイルス粒子は大量に放出されます。
こちらの文献では電子顕微鏡で写真が撮られていますが、インフルエンザはうまく8本のRNAを含んで、細胞外に大量に出て行くのが見えると思います。インフルエンザウイルスは感染後の増殖が非常に早いことがわかります。
Nature. 2006 Jan 26;439(7075):490-2.
インフルエンザ予防接種
毎年秋になるとインフルエンザウイルスの予防接種が始まります。インフルエンザウイルスは、渡り鳥と共に日本に入ってくると考えられており、そのため冬に流行することが多いからです。インフルエンザワクチンの箱を見てみますと「インフルエンザHAワクチン」とい書いてあるのがわかると思います。このHAはもちろんヘマグルチニンのHAです。前述のようにインフルエンザウイルスはこのヘマグルチニンHAを用いて細胞に感染します。逆にこのヘマグルチニンHAを不活化してしまえば、インフルエンザウイルスは感染出来ないと言うこととなります。なので、HAワクチンを前もって撃ち、ヘマグルチニンHAに対する抗体を作ることで感染を予防できる可能性が上がるのです。ただ、注意点としては、インフルエンザワクチンはA型2株、B型2株のみが選択されていると言うことです。毎年流行しそうな株を解析して選択していますが、異なる株のインフルエンザウイルスに対しては効果が見られない事が考えられます。さらに、ウイルスRNAは大変変異しやすいのでワクチンだけで完璧に感染を抑制できる訳ではない事に注意です。
インフルエンザウイルスの診断
インフルエンザの診断基準はインフルエンザの流行期間中(例年11月〜4月)に以下の4つの項目全てを満たすものとされています。
1.突然の発症
2.高熱
3.上気道炎症状
4.全身倦怠感等の全身症
インフルエンザウイルス感染症は通常の感冒と異なり、全身症状が伴います。インフルエンザウイルス感染が疑われた場合、臨床で行われる最も簡単な方法としてはイムノクロマトグラフィー法による迅速抗原診断キットを用いた診断となります。鼻腔ぬぐい液、咽頭ぬぐい液を用いて、10分程度で診断が可能です。感染早期やウイルス量が少ない場合は陽性とならない場合もあるので注意は必要です。
インフルエンザウイルス感染症の治療
インフルエンザウイルス感染症と診断された場合、抗ウイルス薬が使用されることも多いとおもいます。一般的に使用されるのはタミフルやリレンザなどで知られているノイラミニダーゼ阻害剤です。ノイラミニダーゼNAはインフルエンザウイルスの放出の時に使用される酵素でした。それを阻害することでウイルスの増殖をストップさせる方法です。ウイルスが増殖しきってから内服しても効果が今ひとつなので、発症から2日以内に投与することが重要です。
最近ではインフルエンザウイルスのRNAの合成阻害である薬剤バロキサビル マルボキシル(ゾフルーザ)も販売されています。単回投与でよいので便利な薬剤となっています。
2019年の日本救急医学会総会では、タミフルとゾフルーザ投与に寄る二次性肺炎の罹患率を解析したところバロキサビル マルボキシルで有意に高率であったと報告されています。さらなる検討は必要で、今後の解析結果に注目です。