日医ニュース ~南から北から~ 最優秀作品賞受賞
大学時代、泌尿器科医局員時代の話ですが、福島県医師会から医師会報に載せる原稿の依頼があり、投稿させていただいたことが有りました。当時、福島県立総合衛生学院の看護学科でも教鞭を執っていたこともあり、そのときの印象的な学生の話を書かせていただきました。このたびその投稿が日医ニュース~南から北から~の最優秀作品に選出されました。
この投稿に出てくる彼女は恐らく、自分が担当してきた学生のなかでも、抜群に物を知らなくて、当時はよく准看護師の免許を持っているなと思ったものでした。担当していた教科は「微生物・感染免疫学」でしたが、学習内容は細菌やウイルス、ワクチンや免疫などで、覚えるべき内容が非常に多い科目でした。
なので、授業では、ブドウ球菌や大腸菌などの細菌名、ヘルペスウイルスやHIVなどのウイルス名や、細菌やウイルスによって引き起こされる病名などが出てくるのですが、それらの羅列にならないよう、暗記科目と思わせないように心がけ、出来るだけ全ての学生が興味をもってもらえる様に授業したつもりでした。また、テストも可能な限り簡単に、しかし必ず覚えなければならない所は事前に教えておいて、さらには点数も最初から下駄を履かせるように工夫しておきました。こうしておけば、自分も再試験作る手間が省けるし・・とか考えていました。おかげでほとんどの生徒は高得点でパスしたのですが、彼女だけはどう採点を工夫しても合格点に届きませんでした。
う~ん、自分の工夫が足りなかったのかな・・・とそのときは少し反省させられてしまいました。
こんなこと言うのもなんですが、これまで看護学科生や臨床検査学科生に教えてきた経験から、そして、私以外の教官(特に医学部から教えに来られる教官)の講義内容と彼らの理解度を調べた結果では、実際彼ら・彼女らはこちらが思っているほどあまり理解していないことが多く、教える側はそれを理解しているべきだと思います。新しい学校とか、教官が新しくなったばかりの時には陥りやすいのですが、張り切って自分の知識や研究成果などを詰め込みすぎて、学生の消化不良をきたしてしまう事が往々にしてあり、始末が悪いのは教官側が、わからない奴が悪いと言う態度で落としてしまうことがあり、それが当然だと考えている人がいることです。
もちろん出来る学生はたくさんいますし、そういった授業にもついて行ける人もいるかも知れませんが、教官の使命は、できない学生でも、有る一定のレベルまで引き上げる、そのためには場合によっては基礎の基礎まで一度掘り下げて理解させる、そのためにはいかに興味を持たせ、やる気を出させるかだと考えます。テストが出来ない学生がいたときは、学生のできが悪いのではなく、こちらの教え方が悪いところがなかったか、その学生の弱点、理解していなかった点をこちらが理解していなかったのではないか、と考える事が重要なのではないかと思っています。
そんな事を考えながら教官を務めていたわけですが、そのときの学生について福島県医師会報に掲載した原稿が、後に全国版に掲載したいと連絡があり、日医ニュースの~南から北から~に掲載されました。さらに先日、その原稿が、令和元年の最優秀作品賞に選出されたと連絡があり、先日の日医ニュースに再掲載されるようになりました。ここに出てくる「牛(ぎゅう)ちゃん」は私の教官時代のうちで、最も印象に残っている学生です。私のテストでは最低点でした。でもちょっとしたきっかけから、驚くほど伸びていきました。テストで落としたり、勉強しない人が悪いと決めつけたりしてしまうのは簡単です。しかし、学生は驚くほどのポテンシャルを持っています。それを最大限引き出すのが学校と教官の役目です。教えていた学生全員が国家試験に合格した日、職員室で歓声と拍手が響く、そんな職場での経験でした。
以下に全文を掲載しておきます。すこし長いかも知れませんがよろしければ読んでいただけたらと思います。
~頑張れ!牛(ぎゅう)ちゃん~
長年、県立総合衛生学院の看護学科でも教鞭を執っております。
そして、今でも忘れられない生徒がいます。
7~8年前のことだったと思います。彼女は一番廊下側、前から3番目の席の、パーマのかかった茶髪のちょっと派手目な生徒でした。
彼女に初めて会ったのは私の「感染免疫・微生物学」の講義でした。生徒は皆すでに准看の資格を持っています。なので、なじみやすい話から入っていこうと、MRSAの問題などで、誰もが良く知っているブドウ球菌の話から講義を始めました。
しかし、しばらくすると、例の彼女が怪訝な目で、何か言いたそうにこちらをじっと見ています。
「あ、ゴメン。ちょっと急ぎすぎたかな?もう一度最初から言うね。まず、黄色ブドウ球菌って聞いたことあるよね?」
「いえ・・・知りません・・・。」
衝撃でした。准看の学校ですでに習っているはずなのに。と思いました。よく聞いてみると彼女は以前から「微生物学」が大嫌い、だそうです。しかし、いくら何でも・・・。
授業が終わり、彼女の担任の先生とその話をしました。
「あ~牛(ぎゅう)ちゃんね。あの娘、ちょっと大変なんですよ。」
名字に珍しく「牛」の字が入っているので、彼女はみんなに「牛ちゃん」と呼ばれていました。牛ちゃんはあだ名の通り、勉強の進みは遅く、成績もぱっとせず、担任はいつも心配していました。後日行われた私の試験でもクラス最低点、予想通りの赤点でした。
ある日、ふとしたきっかけから、講義の最中に『勉強をすること』について彼女らに話す機会がありました。やらされる勉強はつまらない。でも本当は「知ること」、目標をもって、「学ぶこと」は楽しいことなのだと。仕事もお給料のためであるよりも、自分の成長のためであるならば楽しいものだと話しました。
その講義の後、あの牛ちゃんが私の所にわざわざ来てくれました。そして、
「先生!先生の『勉強』の話、すっごくよかった!」
と、言ってくれました。最も勉強とは縁遠いと思われた彼女からなので「あ、ありがと。」軽く受け流してしまいました。
それでも牛ちゃんはもう一度確認するかのように
「先生のさっきの『勉強』の話、ほんとに感動したんですよ!」
と言いながら私を見つめる、彼女の黒く、大きい瞳は、真剣で、社交辞令を言っているとは思えませんでした。ともかく、そう思ってくれる人がひとりでもいたのなら、まあ話して良かったのかなと思いました。
「んじゃ、牛ちゃんも勉強ガンバってね。」というと、「ハイ!」っと、明るく返事をして帰っていきました。
時は流れ、国家試験が間近に迫った、雪の降る、ある寒い日、担任に聞いてみました。
「そういえば牛ちゃんはどうですか?国家試験とか大丈夫なんですか?」
本気でそう思って聞きました。すると、予想外の返答がかえってきました。
「牛ちゃんね、最近ぐっと伸びてきているんですよ。彼女は大丈夫なんじゃないかしら・・・。」
耳を疑いました。意外でした。
でも彼女は、担任の言葉通り、国家試験に本当に危なげなく合格したのでした。
「大逆転合格!」
誰かが言ってました。
よく頑張った。私もそう思いました。全然勉強ができなかった彼女。歩みは遅かったけど、少しずつ少しずつ進んで、最終的に目標を達成しました。
その年、牛ちゃんは某病院に正看護師として就職していきました。
しかし、これで終わりではありませんでした。一年後、またその担任が教えてくれました。
「先生、牛ちゃん、教員になりたくて大学に進学したんですよ。」
「え~~~!本当ですか??あの牛ちゃんが!?」
本当に驚きました。彼女は某国立大学に進学していたのです。あの牛ちゃんが。この一年間、彼女は何を思い、考えていたのでしょうか。聞いてみたいと思いました。
そんな気持ちを知ってか、ある日、彼女は私を訪れて来てくれました。
「おめでとう。進学したんだって?」
「ありがとうございます。先生のお陰です!」
そう彼女は言いました。
いや、私は何もしていないよ。君が頑張ったからでしょ。と、言い返そうとしたとき、彼女は、あの黒く、大きな瞳で、じっとまた私を見あげていました。その時、私は深い感慨を覚えました。
牛ちゃんは、彼女が看護学科の学生のころ、私が話したことをしっかりと受け止めてくれていたのです。そう確信しました。彼女は自分の目標を見つけ、学び、努力し、実現していったのです。このとき、私は本当に素敵な学生に出会えたと思いました。そして彼女のような学生に出会えたことの感謝に満たされました。
その後、彼女は大学を卒業し、今は関東の国立大学で働いていると、風のたよりに聞きました。
今でも時々彼女を思い出します。彼女のあの大きい瞳を思い出すたび思うのです。
彼女は今も、歩みを止めていないはずだ、と。
毎年のように勉強を苦にしている学生がいます。そんな学生を見ていると、いつも歩みが遅かったけれど、少しずつ少しずつ、歩み続けていた牛ちゃんを思い出すのです。
だから彼ら・彼女らを見るといつも心の中で言うのです。
がんばれ!牛ちゃん!