メニュー

新型コロナウイルスとBCG

[2020.06.14]

以前、新型コロナウイルスの重症化とBCG接種率との関連が報道されたことが有りました。

米国などと比較して、BCG接種をしているアジアでは死亡率が低いというデーターです。

 

https://www.embopress.org/doi/10.15252/emmm.202012661

 

特に日本で使用されている株、日本株(Tokyo株)使用している国では、他の株を使用している欧州の他の国より100万人あたりの死亡率がぐっと低くなっている事が示されました。

もちろんこれは統計的データーからの状況証拠としてあがったことで、実際のメカニズムが明確にわかっているわけではありません。しかし、個人的にはあり得るなと思っています。

 

先ずBCGというのは皆さんも知っているように、結核の予防接種として使用される弱毒化ワクチンです。結核の原因菌はもちろん結核菌(Mycobacterium tuberculosis)ですが、BCGは正確には結核菌ではなく、ウシ型結核菌(M. bovis)です。ワクチン用のBCGというのは、このウシ型結核菌をCalmetteとGuerinの二人が230代まで継代培養した菌です。菌やウイルスというのは人工の培地で長い間飼っていると(培養していると)、段々と遺伝子の抜けとかがでて、弱毒化していくのです。人間も、何不自由ない暮らしが保証されていて、食べて寝ているだけだと、ダメ人間になっていくのと同じです。このCalmetteとGuerinの二人の頭文字をとってBacilli Calmette Guerin=BCGと呼ばれています。(Bacilliは桿菌という意味)

 

このBCGを接種するとどうなるか、明確な説明が難しく、その効果も明確な証明が困難です。しかし、抗結核免疫にはマクロファージをはじめとする細胞性免疫やインターフェロンなどのサイトカインが関与している事が明らかとなっています。そして結核菌の菌体成分は様々な免疫反応を引き起こすことが多く報告されています。この事からBCGは、免疫能を高める効果があるとされています。

 

この報道の少し後に、BCGを行っているイスラエルから、BCGには新型コロナウイルスに対する予防効果が無いという論文が出されました。

 

https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2766182

 

しかし、この結論は当然と言えば当然で、感染を予防するとしたら、コロナウイルスの表面蛋白であるスパイクに対する抗体であるはずです。BCGはスパイクに対する抗体を作るワクチンではないので感染予防効果は無いはずです(菌体成分にスパイクとそっくりな構造物があれば別です)。逆にBCGの効果としては免疫能を上げる事から、感染後の重症化を防ぐと言う仮説は理にかなっていると考えてます。

 

このBCGですが、実は癌の治療に用いられています。泌尿器科領域ですが、表在性膀胱癌の治療、再発予防に、BCGの膀胱内注入療法はかなり前から行われています。作用機序としてはやはり強い細胞性免疫が誘導される事により、癌細胞が駆除されるのではないかと考えられますが、これも結核と同様に詳細な機序がわかっているわけではありません。しかしながら、やはりBCGは強い免疫反応を惹起することは明らかと思われます。

そして、この膀胱癌に対するBCG療法も、実は使用する株によって、効果が異なります。

 

https://www.cancerit.jp/16884.html

 

BCGの株は、長期継代されている株なのですが、その時々に分与されており、Tokyo株はかなり早期に分与されている株になります。この株の違いも、免疫能誘導の差に関与している事が考えられます。

膀胱癌の治療効果に差があるように、BCGの使用株によって新型コロナウイルス感染後の重症化率が異なってくると言うのもあり得ると思います。

実際にTokyo株をふくめ、BCGの株は他の株と比較して発現遺伝子は異なっている事が報告されています。

 

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10348738/

 

私が大学で腎移植とウイルスの研究をしていたころ、整形外科の脊椎カリエスの症例がありました。そしてこの患者さんは以前に膀胱癌に対するBCG療法を受けていました。するとそこで問題になったのはこの脊椎カリエスは結核感染なのか、それともBCG療法の副作用なのかと言う事でした。これをいわゆるPCRで解析した結果、起因菌は結核菌でなくBCGであることが明らかとなりました。この事は後に論文として発表しました。

 

https://jcm.asm.org/content/45/12/4085.long

 

結核菌はM. tuberculosis。このtuberculosisを訳してTB、ドイツ語よみで

“テーベー”と読んだりします。医療用語ですね。

先の症例は珍しかったのと、きちんと結核菌とBCGの区別をつけることが出来たと言うことから、後輩に泌尿器科総会で発表してもらったことが有りました。

そのとき、作ったポスターに

 

“TB or not TB, that is the question”

 

と加えました。直訳すると

 

「結核菌(TB)か、結核菌でないのか、それが問題だ。」

 

になります。

 

もちろんシェークスピアのハムレットの言葉をもじったもので、当時自分としてはとても気に入っていたのですが・・・誰も気づいてくれませんでした。

 

新型コロナウイルスのパンデミックがおこった今の時代は、本当のハムレットの言葉がふさわしいかも知れません。

 

“To be, or not to be, that is the question”

HOME

▲ ページのトップに戻る

Close

HOME