過活動膀胱 選択的β3アドレナリン受容体作動薬と山口脩先生
過活動膀胱OABは尿意切迫感、頻尿や夜間頻尿、場合によってはトイレまで尿が間に合わない切迫性尿失禁を伴う病態です。この過活動膀胱は、過活動膀胱は40歳以上の男女の14.1%(約1,040万人)の方が過活動膀胱に罹患しているとされています。そして、その約半数が切迫性尿失禁を伴っているとされています。
過活動膀胱の原因は、脳脊髄疾患(脳血管障害、パーキンソン病、多系統萎縮症、認知症、脊髄損傷、多発性硬化症、脊髄小脳変性症、脊髄腫瘍、頸椎症、後縦靭帯骨化症、脊柱管狭窄症など)が原因となる事もあれば、前立腺肥大症のに合併して現れたり、さらには全く疾患がない健康な方が発症したりと、実に様々です。
特に働き盛りの、健康で比較的若い方でも発症することが有り、症状が強いと仕事に差し支える事があり、治療が必要になります。職場環境にも寄りますが、比較的自由にトイレに行けるところだと、そのまま放置されている方も多いようです。先日はタクシーの運転手さんが過活動膀胱の症状が強く、お客さんを乗せているときに尿意切迫感がつよく漏れそうになると非常につらいと受診されたことが有りました。内服薬での治療により切迫感が消失し、非常に喜ばれたことがありました。
過活動膀胱の治療に用いる内服薬は主に2系統有ります。それは
- 抗コリン剤
- β3受容体作動薬
の2種類です。
1)の抗コリン薬は抗コリン作用で膀胱を弛緩させ膀胱容量を増大。膀胱過緊張を抑えて排尿を抑制します。まれに口渇や便秘といった副作用がみられます。
2)のβ3受容体作動薬は蓄尿時の膀胱の拡張を促進する薬剤で、尿意切迫感も改善します。
簡単にいうと、排尿と言う行為はリラックスしたときにできる行為で、いわゆる交感神経が興奮している時にはできにくく、副交感神経が優位の時の行為です。つまり排尿を抑えるのに副交感神経系を抑制するか、交感神経系を刺激するか、と言うわけです。
抗コリン剤は昔からある薬剤で、β3受容体作動薬は比較的新しい薬です。どちらも過活動膀胱膀胱の診療ガイドラインでは推奨度Aで効果は認められています。
しかし近年、抗コリン剤は神経伝達物質アセチルコリンを遮断することにより(ただ、こういった薬剤には抗うつ薬、抗ヒスタミン薬や胃潰瘍などに使われる薬などかなり広い範囲の薬剤が含まれるのですが)、高齢者の幻覚などの症状やや記憶喪失などの短期的な副作用を引き起こす可能性が指摘され、長期使用が認知症のリスクを高めるのではないかと指摘されていました。
そこで英国から、大規模な英国人集団における抗コリン薬の累積使用と認知症のリスクとの関連を評価する研究が行われました。2016 年 5 月から 2018 年 6 月までのデータベースを分析し、強い抗コリン作用を持つ 56 種類の薬の処方に関する情報を使用し、抗コリン薬の累積暴露量を計算、認知症のリスクと関連しているかどうかを評価しました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31233095/
その結果、数種類の強力な抗コリン薬にさらされると、認知症のリスクが高くなり中年および高齢者の抗コリン薬への曝露を減らすことの重要性を示しました。
そこで、今度は過活動膀胱に使用される抗コリン剤とβ3受容体作動薬の使用による認知症発症リスクへの影響についての研究結果が報告されました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34742663/
この研究ではカナダのオンタリオ州で OAB 薬で治療された患者を対象に、2010 年から 2017 年の間に新たに認知症と診断された 66 歳以上の11,392 人の患者と、認知症のない年齢と性別が一致した 29,881 人の対照を比較し認知症発症のオッズ比 (OR)を求めました。その結果抗コリン薬であるソリフェナシン (OR 1.24) およびダリフェナシン (OR 1.30) を投与された患者は、β3受容体作動薬であるミラベグロンを投与された患者と比較して、認知症を発症する可能性が高くなったと報告されました。
これらの結果からは過活動膀胱に対する第一選択としてはβ3受容体作動薬をまず使用するのが良さそうです。無論、症状とリスクを考え合わせた上での検討となりますが、これはどんな薬でも同じです。
この研究で使用されているβ3受容体作動薬ミラベグロンは日本発の選択的β3
アドレナリン受容体作動薬です。
https://amn.astellas.jp/specialty/urology/be
自分の出身校である福島県立医科大学泌尿器科では排尿についての研究が以前盛んに行われていました。当時の教授の山口脩先生と野宮先生のβ3受容体を介する弛緩が、ヒト閉塞膀胱ではるかに優勢であることを示した論文は、ミラベグロンの開発/上市に重要な役割を果たしています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12853849/
多くの薬剤が欧米発ですが、その場合特許料含め多くの金額が国外に流れていってしまいます。日本の大学の研究・製薬会社の密な連携と継続的な発展が国力維持のためにも重要かと思います。
昨日4月28日は山口脩先生の「お別れの会」でした。